―これは仏画ですか?
仏画の一種で、繍仏(しゅうぶつ)といいます。
―繍仏とはどんなものですか?
刺繍で仏を表現したものです。絹地(画絹)に絹糸などを使って縫い表しています。
―何が表わされていますか?
右が釈迦如来、左が阿弥陀如来です。
―如来は仏の中で一番偉いのですよね?
偉いといいますか、仏様の中で最高位とされます。
釈迦と阿弥陀の手に注目すると、釈迦如来は施無畏与願印(せむいよがんいん)、阿弥陀如来は来迎印(らいごういん)を結んでいます。
―何か意味があるのですか?
これらは印相(いんそう/いんぞう)と言って、それぞれ意味があります。
施無畏とはさまざまな恐怖を取り除く意味で、手を上げて指を伸ばして掌を外に向ける印相です。与願とは仏が人々の願いを聞き届けることをあらわし、手を前に差し出し掌を外に向けます。来迎印は阿弥陀如来特有の印で、指で輪を作っています。極楽浄土から迎えにくる時のポーズです。
―なぜ、釈迦と阿弥陀がセットなのですか?
釈迦と阿弥陀を組み合わせた図を遣迎図(けんごうず)といいます。
釈迦には発遣(はっけん)という、亡くなった人を送り出す役割、阿弥陀には来迎という亡くなった人を極楽に迎え入れる役割があります。
―誰がいつ作りましたか?
制作者は分かりません。
鎌倉時代~南北朝時代にかけて、このような繍仏が流行しました。
この作品は13世紀から14世紀頃と思われます。
―何のために作られましたか?
制作の経緯は分かっていませんが、亡くなった人を迎えに来て極楽へと導く、来迎図として作られています。
―阿弥陀と釈迦以外にもいろいろ表わされていますが、何でしょうか?
阿弥陀如来、釈迦如来の頭上には、天蓋(てんがい)があります。天蓋は仏や位の高い人に差し掛ける傘のことです。
如来の足元には雲と蓮台(れんだい)があり、虚空(こくう)を飛ぶ姿です。
如来それぞれの光背(こうはい)には文字が入っています。釈迦如来は全て釈迦を表す種子(しゅじ)が、阿弥陀如来は十二光仏を表す種子が表現されています。種子とは仏を表す記号で、梵字(ぼんじ)が使われています。
―如来の下にも2人いますね。
菩薩です。右が観音菩薩、左が勢至(せいし)菩薩です。阿弥陀如来とセットで阿弥陀三尊として表現されています。
観音菩薩は蓮台を捧げ持っています。蓮台には亡くなった人を乗せます。勢至菩薩は合掌しています。
―机もありますね。
そうですね。中央に三脚の机があり、上には獅子香炉と一対の花瓶があります。
背景の青色(水色)は虚空を表現しています。
―極楽浄土へ行くために迎えにきてくれるのですね。
はい。極楽浄土へ行く場合、生前の行いによって行き方に9つのパターンがあり、九品(くほん)往生ともいいます。最も簡単なものは、特に迎えが来ないパターンもあります。
―周囲も華やかですね。
本紙の縁取りとして、蓮が刺繍で表され、四つ角には四方を守護している四天王の種子が置かれています。
本紙上部には、向かい合う飛天と楽器、散華(さんげ)があります。楽器も空を飛んでいて、音楽を奏でて極楽を表現しています。
その左右に色紙型があり賛文があります。賛文は中国の僧、善導の記した書物から引用されています。
本紙下部には蓮池があり、中央に塔があります。尾長鳥や孔雀も見えます。
塔の中には二仏が見えています。これは「法華経」見宝塔品(けんほうとうぼん)にもとづいています。「法華経」の講義を聴くために、多宝仏が現れ、釈迦と並んで座ったという物語です。
―きれいな色の糸ですね。
染めた絹糸を用いています。
縦132×横48.5㎝を全て刺繍で埋め尽くしています。
現在は裂を使って表装していますが、もとは全て刺繍だったのではないかとも考えられています。
―黒い糸は少し様子が違うように見えます。
黒は糸ではなく人の頭髪を使っています。繍髪(しゅうはつ)と言います。
亡くなった人の髪、または出家する際に落飾した髪を用いると考えられています。
―一言でいうと?
絹糸の色は微妙に濃淡をつけて染められており、グラデーションを活かした雲の表現が見どころです。また、衣装の文様も細かく表現されており、どれほどの日数をかけて制作したのかと考えてしまいます。
今回の作品:重要文化財 刺繍釈迦阿弥陀二尊像(ししゅうしゃかあみだにそんぞう)
時代 鎌倉時代 13~14世紀
死者を送り出す釈迦と、迎える阿弥陀などが表わされています。大きな画面の全てが絹糸と人間の頭髪を用いて細部にわたるまで刺繍されています。保存状態がよく同種の作品が少ないため繍仏の代表作として知られています。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
前野絵里
藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。