INTRODUCTORY SELECTION

前野学芸員がやさしくアートを解説します。|入門50選_43 | 法華経巻第六残闕(扇面写経)

鮮やかな絵が描かれた法華経

 

法華経巻第六残闕(扇面写経)ほけきょうまきだいろくざんけつ(せんめんしゃきょう)

 

―これは何ですか?
法華経という経典の一部です。巻子ではなく冊子(本)として作られました。
片面に経文、片面に絵が描かれています。

 

―もとは冊子だったのですね?
そうです。本の形をしていました。開くと扇形になります。
この作品は1枚ですが、現在も冊子の形で残っているものもあります。
法華経8冊と開経結経(かいきょうけっきょう)の2冊を合わせた全10冊でした。
開経(無量義経 むりょうぎきょう)は序論にあたり、結経(観普賢経 かんふげんきょう)は結びとなります。

 

―法華経はどんなものですか?

法華経は大乗仏教の代表的な経典で、誰もが平等に成仏できるという仏教思想が説かれています。
特に平安時代は貴族の間で法華経信仰が盛んで、法華八講(ほっけはっこう)などの法要が盛んに行われました。
また、それまでできなかった女性の成仏を可能とした経典として、貴族の女性に厚く信仰されました。

 

―いつ作られたのですか?

現在までの研究によって、鳥羽院(鳥羽天皇)の皇后高陽院泰子(かやのいんたいし 1095~1156)の発願によって製作され、1152年9月に高陽院が初めて四天王寺(大阪市)へ参詣した時に奉納されたという説が有力となっています。

 

―大阪の四天王寺にあったのですか?
四天王寺に奉納されたものでした。
現在、四天王寺には5冊残っています。

 

―何でできていますか?
紙に墨で文字を記しています。
料紙は独特の形で、開いた時に扇の形になり、金銀箔などで装飾されています。

 

 

 

 

―なぜ扇形なのですか?
理由は分かっていません。
当時、装飾経(そうしょくきょう)という料紙などに意匠を凝らし、美しく装飾された経典の制作が盛んに行われていました。作善(さぜん)といい、仏教の功徳のひとつと考えられていました。

 

―装飾経は他にどんなものがありますか?
厳島(いつくしま)神社にある平家納経(のうきょう)などがあります。これらは巻子です。

 

―文字が半分しかないのはなぜですか?右半分が空白の理由は?
粘蝶装(でっちょうそう)という綴じ方で製本されているからです。
絵の描いてある方を内側にして折り、もう1枚の紙と折り目で合わせて糊付けしています。

 

―絵のあるページには文字がないのですか?
この扇面写経1枚が冊子のページだった時の裏表の順序は、1.経典の末尾(文字のある面の左側)、2.見開きの絵、3.経典の右側にある空白になります。絵はお経の本文が終わった後に来るため、文字がありません。

 

 

 

―何が描かれているのですか?
柏の木にとまる鷽鳥(うそどり)が描かれています。鷽(うそ)は胸の赤い鳥です。
残念ながら、なぜこの絵が描かれたのか、その理由は分かっていません。

 

―文字と絵は関係があるのですか?
ないようです。
他の冊子、ページについても文字と絵は関係ないと言われています。

 

―大きさはどれくらいですか?
縦25.6㎝、横(上方)49㎝、(下)19.1㎝です。

 

―1行に書く文字数は決まっているのですか?
写経は1行17文字が基本になっています。この作品も17文字となっています。
扇型の紙を使っているので、罫線の幅が紙の上下で異なっています。下へ行くほど罫線の幅も狭くなり、文字も小さくなっています。

 

―現在10冊分全て残っているのですか?
残っていません。
四天王寺に5冊、東京国立博物館に1冊あります。冊子の姿で残るのはこの6冊です。
冊子ではなくページがバラバラになった姿で美術館や個人などが所蔵しています。

 

―四天王寺から直接藤田美術館(藤田家)に入ったのですか?
大阪の多治見治兵衛から中村氏、古美術商(玉井)を経て藤田家に入りました。

 

―一言でいうと?            
平安時代後期に描かれた作品です。金銀箔で装飾された料紙、色が鮮やかに残る鷽と柏の木が印象的です。

 

 

 

 

今回の作品: 重要文化財 法華経巻第六残闕(扇面写経)  

ほけきょうまきだいろくざんけつ(せんめんしゃきょう)

員数 1枚

時代 平安時代  12世紀

四天王寺が所蔵する粘葉装の「法華経」巻第六の最終ページが切り離されたものです。経典を装飾することが功徳になると考えられていたため、料紙は全面に雲母を引いた上に金銀箔を散らして装飾しています。

 

 

 

藤田美術館

明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。

 

前野絵里  

藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。

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