―これは何ですか?
茶の湯で使う道具で、水指と呼びます。
飲料水を入れ、客のいる茶席に持ち出すための容器です。
―どこで誰が作ったのですか?
中国江西(こうせい)省にある景徳鎮窯(けいとくちんよう)で作られました。
景徳鎮窯には国家が運営する官窯(かんよう)と民間が運営する民窯(みんよう)がありましたが、民窯で作られたと考えられています。
残念ながら作った人はわかりません。
―いつ作られたものですか?
明時代末頃、天啓(てんけい)年間(1621〜27)とその前後の時期と思われます。
祥瑞(しょんずい)の直前の時代になります。
―桜の模様なのに、中国で作られたのですか?
日本から茶道具として注文したと考えられています。
―なぜ中国で作られたとわかるのですか?
中国から輸入されたという確固たる記録はありませんが、景徳鎮では古染付や祥瑞の日本向け磁器の破片が発見されています。
―古染付とは何ですか?
染付の古いものを指します。日本でつけた名前で、一説には近代になってからつけられたとも言われる新しい言葉です。
染付は白磁に酸化コバルトを用いて絵付けされた焼物全般を指しますが、この中で古染付は天啓(てんけい)年間前後に日本向けに中国で作られた染付磁器を指しています。江戸時代は南京染付などと呼ばれていました。
この水指の箱にも「南京二重口鉢」と書かれています。
―形が変わっていますが、中国にはない形なのですか?
こういう形はないですね。
―出来が悪いものを日本に持ってきたということですか?
そういうわけではありません。中国では円だったら円、四角なら四角というきっちりしたものが好まれます。その中で敢えてきっちりとしていない形のものを注文しているのです。
―誰が注文したのですか?
残念ながらわかっていません。
17世紀前半の茶人や豪商、支配層に属する人々でしょう。
―模様や形も注文したのですか?
現存している作品は茶道具が多く、水指のほか、香合、茶碗、花入などがあり、道具としての大きさもちょうど良いものが多いため、型紙などで具体的に指示をしたと考えられています。
模様も中国国内向けのものとは異なっています。
―蓋があったのですか?
口の部分に立ち上がりがあるため、同じ素材で作った蓋が付けられていたように見えますが、おそらく蓋はなかったと考えられています。
もし蓋があれば、立ち上がり部分には釉薬をかけないはずです。
また、同種の水指が複数現存していますが、磁器の蓋はないようです。
水指として使用するには蓋が必要ですので、黒漆塗りの蓋があります。
―この水指の模様は?
中は桜の花ですが、外は波が描かれています。
桜川は、桜と外の波を併せた名前です。
でも、日本人が思う川の流れよりも、激しい波です。
一説には、白抜きの桜と染付の桜は、陰陽を表現しているとも言われます。
水指に水を入れると、器に描かれた桜が浮いているように見えるとも、咲き誇る桜が川面に映るように見えるとも言われます。
―釉薬が禿げているように見えます。
釉薬が剥がれた状態で、虫食いと呼びます。
焼物としては不良ですが、この釉はげを見所として観賞します。
虫食いを生じさせるような作り方をしているようです。
―磁器のように見えないのですが、染付はこんなに分厚いのですか?
中国製の陶磁器は端正な形で薄いものが正統です。
日本の茶人向けに敢えて歪み、厚みなどを取り入れて作られています。
真っ白ではなく鈍い感じで、染め付けの青も全体に柔らかい感じがします。
―サイズはどれくらいですか?
直径18.8㎝、深さ2㎝です。
―いくつもあるのですか?
注文によって作られたと考えられますが、ひとつだけではなく、複数個が輸入されたようです。
現存している数は分かりませんが、現在、藤田美術館の他に、あと2つあることが知られています。
まだ他にも存在する可能性は十分にあります。
―注文した人は分からないそうですが、誰が持っていましたか?
江戸時代にどこにあったかはわかっていません。
藤田家に入る直前は、東本願寺にあり、東本願寺の大谷光瑩(こうえい 1852〜1923)より到来しました。明治時代のこととされますが、正確な年はわかりません。
大正5年に平太郎が茶会に使用しています。
―一言でいうと
厚みのある器に、柔らかな青色で桜や流水、波頭が描かれており、染付磁器の硬さや冷たさが全くなく、温かさ、柔らかさのある水指です。
今回の作品:古染付桜川平水指(こそめつけさくらがわひらみずさし)
時代 明時代 17世紀
日本からの注文に応じて、明時代の天啓年間に中国の景徳鎮窯で作られたと考えられています。どっしりとした厚みのある歪んだ姿や、温かみのある白い肌、すっきりと美しく描かれた流水や桜の花など、茶人好みの意匠となっています。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
前野絵里
藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。