―これは何ですか?
美人画です。肉筆浮世絵ともいわれます。
―これも浮世絵なんですね。浮世絵というのはどういう絵を指すのでしょう?
浮世絵は江戸時代の絵画様式のひとつで、風俗、遊女、役者、名所などが描かれました。
よく知られているのは版画ですが、浮世絵師が直接絹や紙に描く肉筆浮世絵もあります。
―作者の宮川長春はどんな人ですか?
1682(天和2年)に生まれ、江戸で活躍した肉筆を専門に描く浮世絵師です。美人図が最も多く、同一テーマの作品を繰り返し描いています。それだけ人気があったのかもしれません。
―美人図に描かれるのはどんな女性ですか?
多くは遊女です。今でいうアイドルのような存在となっていました。一般的によく知られている肉筆浮世絵は菱川師宣(〜1694)の「見返り美人図」だと思います。
―美人図のみを描いたというのは、リクエストがあって肖像を描いたとか?
注文した肖像かどうかは分かりません。
長春は作品が多く残っている割には、その生涯や作品の経緯について詳しいことは明らかになっていないのです。
狩野派の弟子とも菱川師宣の弟子とも伝わっています。
―何に描かれているのですか?
絹に顔料(絵具)で描かれています。掛け軸です。
―どんな人が買い求めたのでしょう?
裕福な町人や商人に支持されていたと考えられます。
―2つありますが、セットなのですか?
2幅で1セットになる「対幅(ついふく)」という形式です。
他に、3幅1セットの「三幅対」というものもあり、それ以上のセットもあります。(多いものでは伊藤若冲 「動植綵絵(どうしょくさいえ)」30幅など)
掛軸は中国から日本に入ってきました。複数の掛軸をセットにする形式も中国よりもたらされました。
―この美人図はどんな特徴があるのですか?
遊女を描いていますが、ひとつは普賢菩薩、もうひとつは文殊菩薩に見立てています。
―見立てとは何ですか?
他のものになぞらえて表現することです。
仏教の普賢菩薩と文殊菩薩を、遊女の姿で表現しています。
―なぜ、普賢菩薩と文殊菩薩とわかるのですか?
第18 回で、釈迦如来を中心に普賢菩薩と文殊菩薩を両脇侍として置く形式もあるとご紹介したように、ふたつの菩薩は関係が深いのです。
左側の幅(遊女が右を向いている)は、白い象に乗っている姿で描かれています。
普賢菩薩が白い象に乗っていることは知られていますので、白象の上に人物が乗っていると普賢菩薩が連想されます。
右側の幅(遊女が左を向いている)は、手に冊子を持っています。
文殊菩薩は知恵を司る仏で、本来は獅子に乗って、お経などを手に持っています。
この絵に獅子は描かれていませんが、冊子を手にしており、普賢菩薩と対になるため、自動的に文殊菩薩を連想することになります。
―本当に連想ですね。
全てを明らかに描くのではなく、本当に必要な部分だけを描いて表現しています。
―ところで、なぜ普賢菩薩と遊女なのですか?
謡曲「江口」が元になっています。
謡曲とはお能の台本のことです。
知識のある人は、この絵を見て「江口」のことを描いているとわかりました。
―謎解きのようですね。「江口」はどんなお話ですか?
『西行物語』という鎌倉時代に作られた、西行(1118~1190)の伝記物語があります。西行は俗名を藤原憲清といい、妻子の制止を振り切って出家し、僧侶となって漂泊します。西行が大阪の天王寺へ向かう途中に「江口」(大阪市東淀川区)という平安時代から続く遊里で宿を求めたところ断られ、
世の中を厭ふまでこそかたからめ、かりの宿りを惜しむ君かな
(困難な出家よりも、はるかに容易な一夜の宿さえも惜しむとは、無情なお方だ)
と歌を詠むと
世をいとふ人とし聞けば、かりの宿に心とむなと思ふばかりな
(ご出家の身だと伺ったので、こんな仮の世の宿などに心をお留めにならないように)
と遊女が和歌の応答をしたという話があります。
この『西行物語』のエピソードを下敷きとした謡曲が「江口」で、西行の旧跡を訪ねた僧が、幽霊となって現れた江口の君(遊女)と出会う物語です。
正体を明かした江口の君は最後に普賢菩薩となって飛び去って行く場面で終わります。ここから江口の君は普賢菩薩の化身として表現されるようになりました。
―他にも江口の君を描いた作品はありますか?
同様の作品として「江口の君図」と呼ばれる、円山応挙(1733〜1795)の作品等があります。
単独で、座っている白い象に腰掛けている女性が描かれています。
―文殊菩薩を描いたのはどういう意図があったのでしょう?
はっきりとわかりませんが、宮川長春は普賢菩薩を描くなら、文殊菩薩も描いたら面白いと思って対として描いたのかもしれません。
獅子を描かずに冊子を持たせるというのも、興味深いです。
―周りの裂は何ですか?
裂の名前は分かりませんが、衣装に使われたような裂が使われていると思われます。
美人図なので華やかな裂が選ばれたのではないかと思います。
―どれくらいの大きさですか?
画面サイズで横18.5㎝×縦77㎝です。幅の狭い細長い画面ですが、床の間に対で掛けるとなると、ある程度の空間が必要になります。
―この作品を一言で表現すると?
単なる美人画ではなく、普賢菩薩と文殊菩薩を暗示した見立てとして描かれたひねりのある作品です。西行物語や謡曲などの文学作品を下敷きにしている点、白い象から普賢菩薩を連想する点など、気づいたときに「ああそうか!」と納得することができます。
今回の作品:美人文殊普賢図 (びじんもんじゅふげんず)
時代 江戸時代 18世紀
作者 宮川長春
江戸時代の肉筆浮絵師、宮川長春が描いた対幅です。白い象に乗る遊女を「普賢菩薩」、冊子を手にした遊女を「文殊菩薩」に見立てながら、全てを描かず暗示するような表現になっているところが見どころです。華やかな裂地を使って表装し、表具も含め作品全体が艶やかに仕上がっています。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
前野絵里
藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。