―そもそも茶釜って何ですか?
湯を沸かすための釜で、茶の湯で使います。
―中国からきたものもあるのですか?
言われてみれば、唐物の釜と言われるものを見たことがないように思います。
―ということは、茶釜は日本にしかないのですか?
茶杓や茶碗は中国から伝わったものがありますが、釜は出土品の古い陶器製も含めて、日本製と考えられています。
―最も古い釜は?
記録の上で、喫茶用の釜と思われるものは、14世紀ごろからあるようです。実物も、14世紀と考えられているものがあります。
―この古芦屋はどんな意味がありますか?
桃山時代以前に芦屋で作られたという意味で、
芦屋は地名です。どこにあるかわかりますか?
―どこだろう?兵庫県?
芦屋は福岡県遠賀郡芦屋町付近で、遠賀川の河口付近の地名です。14世紀頃から17世紀初め頃まで釜の他、お寺の鐘などを生産していました。
この付近の砂浜では、今でも磁石に砂鉄が沢山ついてきます。鉄が豊富にあったようです。
「芦屋釜」は茶釜としては最も古い釜で、室町時代には貴族や大名の贈答品として用いられたことが、公家の日記など記録に残っています。
*日本の鋳物は、古くは砂鉄を原料にしていました。
―贈答品だったのですか?どんな時に贈るものですか?
そうですね、厳島神社に参詣した足利義満に大内氏が手土産として渡したりしています。手土産やお礼に使われました。
―今も作っているのですか?
江戸時代までに廃れましたが、現在は再興されています。
―鉄ということは、鋳物ですよね?どうやって作るのですか?
溶かした金属を型に流し入れて形づくる鋳造です。
―ひとつひとつ型を作るとなると、量産は難しいですね?
はい。砂や粘土を使って中子、外子を作って鉄を流し入れ、出来上がったら型を壊して取り出します。
―ひとつの型からひとつ?
そうです。模様も型を彫って作りますし。
―この釜は鹿の模様ですね。
釜の胴の片側に前を向いて走る牡鹿、もう片方に振り返りながら走る牝鹿を表しています。これらの鹿から、奈良の春日社を連想し、春日野と付けられたと思われます。
―ところで、この釜は有名なのですか?
千利休が持っていました。それどころか、壊したのです。
―壊した?
口付近に、鎹(かすがい)で止めてあるのが分かりますか?
ホッチキスみたいなもので、割れてヒビの入った部分を止めてあります。
これは使用しているうちに傷んだものではなく、千利休がわざと壊したのです。釜の箱の蓋に由来を書いた紙が貼り付けられています。「利休物好之破」とあり、与次郎という釜師に直させたとあります。羽の部分も欠けています。
―羽は、この出っ張っている部分ですか?
そうです。本来は、この羽を風炉(火を入れて釜を掛ける道具)にかけて使います。ですから側面につけられた鹿の模様が良く見えたのです。
―それにしても凄いことをするものですね。千利休の後は、誰が持っていたのですか?
元禄13年(1700年)の『名物釜所持名寄』(西村道冶著)によると、京都の角倉与市が所持していたようです。角倉家は京都の高瀬川を掘削し、大坂からの運河を開いたり、嵯峨本という美しい装飾本などの出版を行った、京都の豪商です。
その後、藤田家の記録には万里小路家が所有していたとありますがいつかはわかりません。
―蓋については?
今はふたつの蓋があります。ひとつは古い蓋ですが、別の釜の蓋のようです。もうひとつは割と新しい蓋です。
茶会等で使う時は、選んで使います。
―芦屋釜の魅力は何ですか?
芦屋釜は模様が綺麗なところが魅力です。螺髪のような霰や、松の絵、亀甲文。この釜のように鹿などが表現されます。模様のない釜の方が少ないくらいです。また、形も基本的には真形(しんなり)と呼ばれる形で、時代によってバランスが異なりますが、きっちりとした形です。
―この釜の見どころは?
そのような端正な釜を、利休がわざと壊し、自身の好みの釜を作らせていた与次郎に繕わせたという特別なものです。欠けたり、鎹で割れを直した様子が侘びた雰囲気を出しています。利休の美意識を考えさせる釜です。
今回の作品: 古芦屋春日野釜(こあしやかすがのかま)
時代 室町時代 15~16世紀
片面に追う牡鹿、もう片面に振り返る牝鹿があらわされているため、奈良春日大社の鹿に因んで春日野釜と呼びます。利休が物好きに釜を壊し、京都の釜師である辻与次郎に直させたことが箱の蓋裏に記されており、釜の羽や口縁部の割れ、肌の荒れ、補修跡の鎹などがその時のものと考えられています。
藤田美術館
明治時代に活躍した実業家、藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、1954年に大阪に開館。国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを所蔵。
前野絵里
藤田美術館主任学芸員。所蔵する日本や東洋の古美術品に絡むものはもちろん、宗教、建築、歴史なんでも気になる。直接役立つことも役立たないことも体験体感することが一番と考えている。