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学芸員がやさしくアートを解説します|瀟湘八景図

空想の名所を巡る

―どこかの風景を描いていますね。

瀟湘八景(しょうしょうはっけい)という画題で、中国・湖南省の洞庭湖(どうていこ)辺りの8つの景観のイメージを描いています。瀟水(しょうすい)と湘水(しょうすい)の2つの河が流れ込むところからこの名前が付けられました。

 

―1つの景観じゃないんですか?

1つじゃないんですよ。隣り合う景観が自然に連続するように描いているので、全体で1つの絵として成立しているように見えますね。

 

―8つの景観とはどんなところですか?

1つずつ挙げていきます。

 

山間の市の賑わい―山市晴嵐(さんしせいらん)

遠くに帆船が行きかう様子―遠浦帰帆(えんぽきはん)

のどかな漁村の夕暮れ―漁村夕照(ぎょそんせきしょう)

煙に包まれた寺の鐘が鳴る音―煙寺晩鐘(えんじばんしょう)

しっとりと降る夜の雨―瀟湘夜雨(しょうしょうやう)

湖の上空に浮かぶ月―洞庭秋月(どうていしゅうげつ)

列をなした雁(かり)が砂浜に飛来するところ―平沙落雁(へいさらくがん)

山に雪が降り積もった様子―江天暮雪(こうてんぼせつ)

 

この絵にもすべて描かれていますよ。1枚の絵に八景を全ておさめることもあれば、1枚ずつ別にしたり屏風にするなど様々な絵画が描かれてきました。さらに、詩にもなっています。

 

 

―つまり、名所を描いた風景画ということですか?

うーん、ジャンルでいうと山水画になります。実際に「ここ!」と明示できる景色の絵が風景画で、そうでないのが山水画と思ってもらえたら大体あっています。それから、山水画は中国を中心に朝鮮・日本といった東アジアで描かれたものですね。

 

―えー?洞庭湖の辺りを描いているっていったのにどこでもない?

実際には8つの景観が同時に見えることはありません。しかも、具体的なお寺とか、山とかを描いているわけではないんです。

 

―そうなんですね。確かに、雪が降ったり、秋の月だったり、いろんな季節がありますね。

その通りです。季節も違いますし、一日の中での時間も違います。市がにぎわうのは昼間でしょうし、夜の雨の場面もあります。こういった、洞庭湖周辺の、時間の変化によって移ろう豊かな自然を描きたかったのだと思います。

 

―何故、この8つなんですか?というか、8に意味はありますか?

中国・北宋時代の画家・宋廸(そうてき)が選んでこの八景を絵画にしたと言われています。なぜ8カ所かというと…うーん、わかりません。

 

―はじめ、八景ときいて、八景島シーパラダイスしか浮かびませんでした(笑)

あ、その八景ですよ。八景島は神奈川県横浜市金沢区にありますね。金沢という場所は景勝地として古くから有名でした。そして、このあたりの風景を「金沢八景」と呼んだんです。

 

―え、瀟湘八景と関係あるんですか。

バリエーションの1つと呼んでもいいくらいです。瀟湘八景の絵や詩が日本に入ってきた後、たいへん流行します。そして、日本でも八景を作るんですね。博多八景とか、近江八景とか…そのうちの1つが金沢八景で、島の名前はこれに由来しています。

 

―日本にもたくさん八景があるんですね

はい。瀟湘八景がたいへん人気になって、いろんな画家が描き続けた一方で、このフォーマットを使って名所を取り上げるんです。

 

―作者は誰ですか?

長吉(ちょうきち)という、室町時代の絵師です。山水画だけでなく、人物画も手掛けたようです。

 

―なんかかわいい名前の人ですね。

そうなんですよ。なんで「ながよし」じゃないんだろう…と思うこともあります。

実はこの人、詳しい経歴はわかっていません。狩野元信(かのうもとのぶ、1476~1559)と関わりがあったのでは、と考えられています。

 

―ひとことで言うと

大流行した瀟湘八景を描いた室町時代の絵。8つの景観を1画面に収めた見事な構成力に注目。

 

 

瀟湘八景図 しょうしょうはっけいず

制作年代:室町時代 16世紀

作者  :長吉 ちょうきち

員数  :一幅

横長の画面に瀟湘八景を描く。それぞれの景が自然に連続して、一図を成し、画面構成力の高さがうかがえる。硬筆な筆線と淡彩により細部まで描写する。類例の少ない、長吉の印が捺された一図。長吉は『古画備考』によれば狩野元信に学んだ絵師。現存作例からも、元信周辺の画家であったと考えられる。

 

今回の学芸員:國井星太

藤田美術館学芸員。きれいなものを見るのとおいしいものを食べる(飲む)のが好き。美術以外にも哲学、食文化、言語学…と興味の範囲は広め。専門は日本の文人文化。最近読んで面白かった本:村井康彦責任編集『茶道聚錦』

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